底冷えし、この身が凍える様な冬の京都の夜。
最近、飢饉が深刻化し、その影響からか今夜も都の彼方こちらで盗賊達が出没していた。
四天王は、手分けして対応する為に出動し、俺の隊は早々に悪人どもを懲らしめ、屋敷に帰って来て体を温める為に熱い風呂を浴びて、酒を飲みながら束の間のリラックスした時間を享受していた。
そんな時突然、「金時様、綱様が深手を負って屋敷にお戻りになりました」と綱さんに仕える配下の者が慌てて俺の所に飛んで来て報告した。
「誰にやられたのか」そう言うと、
「茨木童子でございます」と答える。
茨木童子は、土蜘蛛一味亡き後、この都では最強と言われる盗賊だった。
達人レベルの剣の使い手で、噂では、茨木童子の扱う刀は、戦いで殺人を重ねていく度に、多くの血を吸いその切れ味が増し、「茨木童子の血剣」と呼ばれ、更に血を求める狂気の剣となり、人々に恐れられていた。
「お前もそこにいたのか」そう尋ねると、「そうです。傍で見ておりました」と言うので、どんな様子だったのかを確認した。
「戦いの始まりは敵からの闇討ちでした。10数名の者達が一斉に襲いかかり、とっさに応戦し、綱様も数名を一瞬で倒したのですが、その後、茨木童子と綱様の壮絶な一騎打ちになり、一進一退の攻防の末に、綱様はその頭領の攻撃をかわし切れずに深手を負われました」
「ただ、綱様も敵に強烈な一撃を加え仕留められました。茨木童子の亡骸は回収しましたので、仕留めた事は間違いないです」
この話を聞く限り、茨木童子はやはり噂通りの相当な剣の使い手だった。
綱さんが、相打ちに近い形で仕留めたという事は、実力的に伯仲していたのだろう。
綱さんはとっさに相手の実力を見切って、奴にできるだけ接近してとどめの一撃を確実に打つ為に、相手にわざと自分を切らせたのかもしれない。
捨て身の攻撃で「肉を切らせて骨を討つ」作戦だったのだろうな、そう思った。
直ぐに綱さんの様子を見舞に行ったが、一通り治療は終わっていた。
意識も無く、ぐっすりと眠っていた。治療した薬師の話を聞くと、命の別状は今の所ないが、かなりの深手で、完治までには、かなりの時間を要するとの事だった。
それから10日程経った頃。
いつの間にか、都の頼光さんの屋敷の真ん前に、殺された門番の死骸と共に、血だらけになった立札が立てかけられていた。そこに書かれていたのは俺達に対する挑戦状とも言える内容で、宣戦布告の文面だった。
「源頼光 そしてその配下の四天王に告げる
渡辺綱に殺された茨木童子は俺のかわいい一番弟子だ。
殺害した事自体、実力は認めてやるが、かわいい右腕を葬ったお前達にそれ相応の報いを受けてもらう。お前達5人共まとめて仕留めてやるから覚悟しろ。
酒呑童子」
その挑戦状は、茨木童子の親分で、国内最大の盗賊一味の頭領である酒呑童子から俺達へ宛てられたものだった。
この件については、都のど真ん中に立てかけられた派手なパフォーマンスだったから、一瞬で都中に拡がった。
帝の耳にも早くも入った模様で、早速、頼光さんは呼び出された。
宮中から戻ってくるなり、頼光さんは、俺達に屋敷に来る様に連絡をよこした。
俺達が頼光さんの屋敷に着いたのが丁度昼時だったので、手の込んだいい匂いのする昼餉を準備してくれていて、食事をしながら話してくれた。
「皆、良く来てくれた。帝は酒呑童子一味が日本中で犯している、人さらいや略奪などの様々な悪行について心を痛めていらした」
「すぐに帝から酒呑童子を討伐するようにと勅旨を頂いた。検非違使として酒呑童子を成敗するのは当然の事だが、今回は、恐れ多くも帝から討伐の為、多くの優秀な兵士と軍事資金を授けられた」
「これから忙しくなるぞ。今こそ俺達の実力を示して、帝のご期待に応える時だ」
頼光さんはこれからの戦いを思ってか、何時にも増して興奮していた。そして抑えきれない鬼気迫るオーラが溢れ出ていた。
元々の戦士としての本能かそうさせるのか、強い敵との戦いに心が高揚しているのだろう。もちろんその思いは俺達も同じだ。強い敵と戦う事はいつもそうだ。
俺達5人は、その夜浴びる程酒を飲み、団結を誓った。
綱さんはまだ怪我で痛そうだったけど‥
思えば、俺も平安の世に来てから長い年月を経て、すっかり人間性も変わった気がする。
もともとはそんな人間ではなかったけれど、この時代で自身の命を賭して戦う事に充実感を覚える様にさえなっていた。
令和の世ならこんな殺人への高揚感などあり得ないけれど‥‥これじゃ、将来あっちに戻ったら困るだろうな。令和の時代に生きていたものとして、盗賊どもを討伐するという点も、時に考える事がある。一口に盗賊といっても、略奪など、どこからどう見ても犯罪者と呼べる者もいるが、中には義賊と呼べる者達もいる。もともと農民出身者を中心に飢餓や、時には理不尽な貴族や大名の無理筋な課税に耐えきれなくなり、リーダーシップを持つ者が立ち上がり正義の為に戦うものもいた。
令和の判断基準なら、行政側に問題が明らかにあるケースだ。
この時代の悪知恵の働く貴族などは、巧みな賄賂などで逮捕や追及を逃げ切るも多かった。私は足柄山で元ちゃんにも信ちゃんにも、大義ある戦いでなければ、必ず負ける。そして誰の為にもならないと伝えていた。2人も共感してくれていたので、そんな戦いの時は手を抜いて見逃してやる事さえもあった位だ。
討伐をしろと言われた義賊を見逃すのは、厳しい軍紀違反になるとは思うが、これはやはり義のない戦いは令和の感覚を持つ者としては、どうにも力が入らないものだ。
大概こんな義の為に戦う者達は、元々戦いのプロではなく、軍資金もないから武器もろくなものが準備できない。
少し愚痴っぽくはなったが、俺達は悪い奴らには徹底して戦いを挑む。
それも戦いは一切の妥協なく全力で挑む。こちらの時代を精一杯生きようと決めた時の自分自身で定めたルールだ。
愛する家族ともう一度会う為にも、この時代を生き抜かなければならない。この時代で野垂れ死になどする訳にはいかない。