酒呑童子は、俺達を砦の奥の自分の部屋へと招いた。
奴らの砦は、文字通り雨風を凌げる程度の粗末なものだったが、食べるものと酒は随分揃っていた。
飢餓の続くこの時代だが、盗賊達の為に、行く先々の民衆は熱狂的に酒呑童子の軍勢を受け入れる。彼らは、日々の食い物にも困っているはずなのに、数少ない食料や武器を喜んで提供する。
今夜も、猪の肉の塩焼きや煮物などが目の前に贅沢に並んでいた。程よく焼けた香ばしい肉の匂い、鼻を思わずクンクンと動かしたくなりそうな強烈に食欲を誘う焦げた醬油の匂いがする。
こんな時に、なんだとは思うが、実に旨そうだ。それからその料理を摘みに酒を飲み始めた。俺達の持ってきた酒も一口飲んで、すっかり気に入った様だ。
酒呑童子は、底なしの酒豪だった。浴びるように酒を飲んで、余程機嫌がいいのか、ニコニコしながら俺達に熱弁を振るう。
「都に住んでいる貴族達は、飢餓に苦しむもの達を虫けら位にしか思っていない。自分達は、放蕩三昧のくせに、そこいらの農民達には2年、3年先の年貢まで厳しく搾取している。そんな奴らにそもそも人の上に立つ資格などない」
「こんな世だから、俺達は、この国の全ての仕組みを根本からぶっ潰してやるつもりだ。この国を新しく、誰もが等しく幸せに暮らせる世にしてみせる」
鬼気迫る表情で話を続ける。
「そうだ。先程、お前達の事の戦う姿を見た」
「感心した。さぞかし普段厳しい修行をしているのだろうな。この砦にいる者達でも、お前たち程、腕の立つ奴はそうそういない」
「俺には、かつて土蜘蛛と言う、強くてかわいい一番の弟子がいた。若いころから一緒に修行して、日々酒を飲みながら、誰にでも開かれた世の実現を夢見た。俺にとっては一番信頼していた奴だった」
「ところが先日、頼光配下の渡辺綱に無残に殺された。俺はあいつらの事を憎くてたまらない。本当に許せない。きっと仇を取ってやると誓ったのだ」
「それから、俺の命を賭して、都の勢力との最終決戦をする為に決起したのだ」
自然と自分の心情と決意を俺達に熱く語る。ここに来た時にも感じたが、改めて酒呑童子は凄い奴だ、令和風に言えば、人を引き付けるカリスマ性がある。
この平安時代においても頼光さんや綱さんが持っているものとは、また違うカリスマ性と言ってもいい。こんなホラにも近い挑戦めいた事を言っても、全然不自然ではなく、こちらの感情に自然と伝わって来て納得させられる。
ここにいる俺以外の頼光さんや四天王は、平安の世に生きている。だから、酒呑童子の話を聞いても、今回は帝直々の命であるし、恐らく何の疑問を持つ事もなく、ここにいて酒呑童子を討とうとしている事だろう。
酒呑童子は帝に背く大罪人だ。そんなフィルタが入っていると、そもそも、酒呑童子の言っている事の本質は理解できないだろう。
だが、私は令和から来た、令和の時代の価値観を持つ人間だ。
素晴らしい人格とカリスマ性、リーダーシップを持つこいつの事を、これから殺そうとしている。
道徳的には割り切れない部分もある。正直個人的には少し迷いもある。
今回、俺達が事前に考えた計画では、まともに酒呑童子と戦えば、血で血を洗う激戦になると想定し、だまし討ちの一撃で奴を仕留める事としていた。
そうでなければ、酒呑童子との剣のやり取りが長引けば、次々と奴の子分が駆けつけて俺達を囲むだろう。その時は多勢に無勢、俺達は生きてこの砦を出る事は恐らくできないのは間違いない。
今回の奴を殺害する為の手順は、最初に強力な痺れ薬を飲ませる。今の酒呑童子の泥酔状態なら、酒に混ぜて飲ませれば簡単に実現できそうだ。それから薬が効いたらすぐに奴を一撃で仕留める。そしてその首級を掲げ、奴らの配下の者達が動揺している隙に、この砦を出て行くというものだ。
しかし、酒呑童子もひとかどの人物なので、俺は、こんなある意味卑怯な作戦による最後は、勿論相応しくはないと思う。
個人的には、一騎打ちで正々堂々と決着をつけたい気持ちもあった。
今こうやって杯を交わして話しているとその思いも益々増していたが、これも世の常、目を瞑るしかない。
酒呑童子は実に潔いし、信じた者にはとことん信頼する人物の様だ。実際、俺達の事もすっかり信用した様で、酒に混ぜて飲ませた薬も、何の疑問も持たず一気に飲み干した。それから、直ぐに倒れる様に倒れ込んだ。
酒呑童子の倒れ込む前の最後の言葉は「お前らみたいな奴らに会えて良かった。生きているといい事もあるな」だった。
どこまでもいい奴だ。ますます俺の心は痛む。
奴への止めは綱さんが刺した。いい夢でも見ているのか、死に顔も幸せそうだった。
そう、俺達はあっさりと大悪党、酒呑童子の成敗に成功したのだ。
その後、直ぐに酒呑童子の首級を掲げ、俺達は砦を出た。奴の配下は、奴の無残な生首を見て、驚愕の表情を見せた者もいれば、ただ単に口をぽかんと開けて、呆然としている者さえいた。
また今、目の前で起こっている事実に、当惑しているものもいれば、失望のあまり泣き叫ぶものもいた。彼らにとっては、わずか前まで想像もできない事が突然起こって、結果、心の支えとなる希望の灯が突然消えたのだ。
俺達が砦を出る途中、勿論、奴らの中には怒りの表情で俺達に襲い掛かるものもいた。
だが、頭領を失った烏合の衆程、弱いものはない。連中はもはや俺達の敵ではない。一瞬で打ち取られる。
散らばって、逃げていくものが後をたたない。総崩れだ。
多くのものは酒呑童子が亡くなった事に失望したのか、戦意を失った様だ。俺達は、その前を悠々と過ぎて行き、砦を出て行った。
俺は、その夜、現実を見て、久しぶりに心が痛んだ。
このまま貧しい人々が長い間、貴族たちやその後の時代では武士達に支配されることが本当にこの国の為になるのだろうか。
歴史上は、平安の世では勿論の事、この後1000年にもわたり似たような時代が続いていく。
令和の平等で平和な時代、家族と幸せに暮らしていた日々がやはりどこか懐かしい。
(第三章は終わりです。 次回より 第四章 真竹取物語 の開始となります)