翌日、かぐや姫の元へと行った。
訪問するとかぐやの翁が対応してくれた。
「右大臣 阿部御主人(うだいじんあべのみうし)様。本日はよくお越し頂きました」
「せっかくいらして頂きましたが、本日、あいにく姫は体調を壊して臥せっております」
「姫はこのような姿を見せるのは忍びないないと申しております。また日を改めてお越し頂けないでしょうか」
とても申し訳なさそうに俺に話した。
折角来たのにそのまま帰るのもなんとなく残念な気もした。
翁へは何と言おうか悩んだが、まずは差し障りの無い様に一言。
「お体がすぐれないとの事。お大事にして頂きたい」
と結局、差しさわりない事を話したが、帝から他の皇子達もなんだかんだと理由をつけて会ってくれなく、結婚の課題だけを貰っている事を聞いていたので、翁にお願いをした。
「私も皇子たちと同じ様に、かぐや姫に結婚の条件を頂きたい」
「ただ、その際は、かぐや姫から直接話をしてもらいたい」
そう言うと、翁は少し安心した様子だった。恐らくは話の分かる人とでも思ったのだろう。
「右大臣様。承知いたしました。姫にその旨話してみます」
そう言って急いで奥の姫の部屋に向かって行った。
20分位経った。
翁は戻って来て、私に嬉しそうに話した。
「姫が、やはり今日はお会いは出来ませぬとの事ですが、右大臣様への結婚の条件のお願いをお伝えしたいとの事です」
「奥にお入り下さい」
そう言って私を案内してくれた。
奥の居間に案内されてから随分待つ事となった。
1時間程経った頃だろうか。
翁は再び戻って来た。
「右大臣様。かぐや姫からの伝言でございます。誠に不躾なれどもお願いをいたします」
そう言って、翁は懐からなにやら紙を取り出して、そこに書かれている文面を読み上げた。
「右大臣様阿部御主人(あべのみうし)様におかれては、火鼠の皮衣を持参して頂きますれば貴方様の願いを叶えまする」
そう言った。
俺は「相分かった」と答えなり屋敷に戻り、屋敷の者達にはいくつかの素材を、全国から急いで入手する事を指示した。
かぐや姫の言った「火鼠の皮衣」とは伝説の不思議な衣で、火で燃やしても決して燃える事のない平安時代に人々にとっては摩訶不思議なものであった。
平安時代の‥‥と、言ったのは、令和から来た俺にはそれを準備する自信もあったし、驚く事もなかった。少なくとの前の皇子2人に依頼したものよりもはるかに実現が可能なものだったからである。
俺は令和の時代「石綿」を素材にしたものが燃えない事を知っていたからだ。
おまけに令和の仕事の関連で偶然ではあるが、国内での数少ない石綿の生産地が北海道富良野山近くや秩父、静岡の山沿いにある事さえも知っていた。また、製造する工程も比較的単純で平安時代の技術でも十分可能だと判断していた。
俺は早々に原材料を入手すると、自ら製造に着手した。
直ぐに石綿は加工でき、後世の消防服の様なデザインで、自分と姫の為に、女性用のひと回り小さなもの合わせて2着の斬新な衣を作り上げた。
そして、で出来るや否や、直ぐにそれを持って、再び竹取の翁の屋敷へと向かっていった。
翁には「かぐや姫に伝えてもらいたい。火鼠の皮衣を持参したと」
「この衣が本物の証拠に、かぐや姫にこの衣を火で燃やしてみる様に伝えて欲しい」
そう言った。
翁は随分驚いた様だった。
だが、直ぐに「お待ちくださいませ」と言って奥に行くと、
火種や燃やす為の紙や薪を持って直ぐに帰ってきた。
そして、俺を屋敷の中庭に案内してくれた。
中庭には、奉公人、俺の従者達が集まった。それから屋敷の簾の奥の方に人影が感じられた。おそらくそこにはかぐや姫がいるのかもしれない。
翁は庭で薪を燃やし始めた。
紙なども合わせて火は相当な勢いで燃え始めた。
そして、そのタイミングで、翁は俺が持参した衣を広げて上から被せた。
すると、衣は燃える事はなかった。そして、みるみる火の勢いは衰えて消えてしまった。
その場にいるもの達は、皆驚くばかりで声も出なかった。
翁は驚きながらも興奮した面持ちで、自然と少し甲高い声で言う。
「右大臣様、確かに燃える事のない伝説の火鼠の皮衣を確認いたしました」
「失礼ながらお願い事をし、見事に難しいお願いを叶えて頂き誠にありがとうございまする」
「かぐや姫もお願いを叶えて頂いた方と夫婦になると約束をしておりました故、右大臣様に嫁ぐ事となりましょう」
「私も年老いており、かぐや姫のいく末を心配いたしておりました。これで肩の荷を下ろすことができます」
そう、満面の笑みで私に向かって言い終わると、屋敷の簾の方へ振り向いた。
そして大きな声で言った。
「姫、約束果たす御人がついに現れましたぞ」
「右大臣様でもあり、姫の相手としてこの上なく申し分ありません」
「願いを叶えて頂いた右大臣様に何かお話しくだされ」
そう言うと、暫く沈黙が続いたが、沈黙を破り、簾の奥からかぐや姫が俺に話し掛けて来た。
「右大臣様。私の願いを叶えて頂きありがとうございます」
「今夜、貴方様と2人きりでお会いしたく思います」
「ついては子の刻に私の部屋にお越しくださいませ」
そう言うと奥の方へと去って行く気配を感じた。
その声は、決して大きい声ではないが、はっきりとしていて、彼女の意志の強さを感じるものだった。少なくとも平安時代の女性では、こんな感じの話し方を聞いた事はなかった。
かぐや姫は、俺の目的を果たす為に助けてくれる人として、ますます期待できる。
さしずめ、未来の時代の優秀なビジネスウーマンの雰囲気だ。
俺は今夜子の刻(夜11時頃)、ついにかぐや姫と二人きりで話せるのだ。
2人で会うのも好都合に思われる。かぐや姫にはいろいろと聞きたい事だらけなのだから。
もちろん俺は、最愛の有紀さんがいるのだから、そもそもかぐや姫を娶るつもりはない。
かぐや姫は、この平安時代で、誰も答えてくれなかった俺の疑問を解決できる人。
それにしても、かぐや姫は、本当に宇宙人なのだろうか。
宇宙人か、地球人かはわからないが、進んだ科学技術でタイムマシンを持っているのだろうか。
そして、俺の願いを聞いて、令和の時代に戻せるのか‥‥等々。
この時代に来て、生まれ変わり、これまで随分時間がかかったが、令和の時代に戻る可能性を平安時代に来て初めて感じる瞬間となる事を祈るしかない。