長編オリジナル小説 「平安ヒーローズ 真 竹取物語」 (1-3 物語番号3)第一章:神様との約束  第三話:愛する妻との出会い

平安ヒーローズ 真竹取物語

妻との運命の出会いは、5年前、会社の休憩スペースだった。

当時の職場には社員が自由に使えるオープンスペースがあり、所属する部署に関係なくビジネスエリアでの業務実施や、フードエリアでの休憩や食事ができた。

その日、いつもの様にお弁当を買って、オープンスペースで食事をしようと歩いた時、後ろから俺を呼び止める声が聞こえる。

「金田さん、久しぶり」

「どう一緒にお昼食べない」

その声には聞き覚えがある。同期の山本さんだった。

「おっ、山本さん久しぶりだね」

「ぜひ」

彼女は入社以来、仲の良いクラスメートの様な感じで、とても気の合う同期だ。

2年位前に同期の篠田と結婚したが、俺は篠田とも仲が良く、2人の披露宴にも出席した。

「ごめん、今は篠田さんだよね。失礼しました」

俺は、ついつい結婚前の昔の名前で呼んでいた。

「いいのよ」

「あなたには言ってなかったけど、戸籍上今は篠田だけど、会社では旧姓を利用してるの」

「だから会社では山本でいいのよ」

「私、会社に来て山本と呼ばれると、公私の切替えスイッチが入るみたいだから、会社では山本と呼ばれる方がしっくりくるの」

「そうなんだ、それもありだね」

‥‥と俺は言いつつも、山本さんの隣に見慣れない女性が座っていて、一緒にお弁当を食べているのに気付いた。

見た瞬間、俺はすぐに心を奪われた。

「このひと、同じ部署の後輩の太田有紀さん。よろしくね」

彼女がその女性を俺に紹介してくれた。

俺はこの名前「太田有紀さん」‥‥まずはしっかりと心に刻む。

こうなると、名前まで魅力的に思えてくるから不思議だ。

「ああ、太田さん。この人、同期の金田さん」

山本さんは、俺の事を彼女に紹介してくれた。

「よろしくお願いします。太田です」

太田さんは私に軽く会釈をした。

              

それから3人で一緒に昼食となったが、俺は最初の方の話の内容はよく覚えていない。

目の前の太田さんが気になってしまって、話には全く身が入らなかった。

暫くしてやっと少し冷静さを取り戻し太田さんと会話をしていった。

そして、彼女は見た目だけではなく、会話の内容も優しさと知性に溢れ、外見だけでなく、内面の魅力も同時にある人である事もわかった。

俺は確信した。彼女は俺の目の前に突然現れた女神だ。

けれども、太田さんの事を「今までの人とは違う特別なひと」と、俺がとどめを刺された理由は、それだけではなかった。

その後、俺の気持ちを強烈に引き付けたのは、手作りと思われるおいしそうな彼女のお弁当と、その匂いだった。

そのお弁当からは、ほのかなカレーの香りがする。見たところ鶏肉料理の様だ。

俺はいい匂いには目がない。

料理の美味しそうな匂いはもちろんだが、

洗濯物の洗い立ての石鹸のいい匂いから、森林での自然の独特の匂いなど‥‥

兎に角「心地よい匂い、いい匂い」が好きで、本能的なものと思うが、そんな匂いに包まれると幸せな気持ちになれる。

人よりも嗅覚が敏感ではないかもしれない。

きっと他の人には微妙と感じる匂いでも、俺には、はっきりと違いを感じる事ができる。

そんな俺には、その特別いい匂いのする鳥料理の事が気になって仕方無かった。

そもそも、こんな魅力的な料理を作れる彼女は、只者ではない。

そんな事を考えていて‥‥

俺は、山本さんに話かけられて「はっ」とした。

「ちょっと、金田さん。私の話、聞いているの」

「太田さんのことばかり見ているんだから」

「言っておくけど、太田さんは、かわいくて料理上手で、おまけに仕事もできて職場の人気者よ」

「彼女に手を出したら皆に恨まれるわよ」

半分冗談っぽく、にこにこしながら山本さんは、俺に向かって言った。

それから俺は、その匂いが気になって仕方なく我慢できずに彼女に聞いた。

「太田さん、そのお弁当の鶏肉のおかずですが、なんでそんなにいい匂いがするんですか」

「カレーの匂いという所まではわかったのですが、多分それだけでないですよね」

「何か特別な匂いや食欲を刺激するスパイスか調味料が何種類か入っていませんか」

「個人的に、それが気になって仕方ないです。よかったら教えてもらえませんか」

太田さんは、少し困惑した様子だったが、私に向かって笑顔で言った。

「こんなこと、聞かれたのは初めてです」

彼女は少し嬉しそうに話を続ける。

「実は、これは今朝、辛みと香りと色目をつけるために5種類くらいのスパイスを調合して、オーブンで焼き上げた鳥肉です。よかったらそのスパイスの種類をお教えしましょうか」

「そうですか。やはり想像以上に手が込んでいるすばらしい料理ですね」

俺がそう言うと、横で聞いていた山本さんはびっくりした様子だ。

「私の作る料理では、とてもそんなレベルはあり得ないわ」

「すごいわ、太田さん。料理上手とは知っていたけど、知り合って何年も経つのに初めて知ったわ」

「金田さん、よく気づいたわね」

‥‥気付くも何も「俺は匂いにはうるさいぞ」と言いたいところだが。

初対面の太田さんにおかしな人と思われるのも嫌なので、

「たまたまだよ、なんとなく」と言って、その場は誤魔化した。

その後、何度かそのメンバーで一緒に昼食を食べる様になった。

太田さんは、俺と同じ様に匂いへのこだわりのある人だった。

特に料理では、おいしい匂いの話題でいつも盛り上がった。

そして、いつしか俺の為にお弁当を作って来てくれる様になり、お礼にと食事を誘ったのが本格的に彼女と付き合い始めたきっかけだ。

なにしろお互いに匂いへの強いこだわりについては、おかしな人と思われたくなく、例え付き合っていた人にさえも今まで話せなかったのだ。

今では、匂いへのこだわりの気持ちが、幸せな時間として共有できる人と初めて出会えた奇跡を感じている。

それから暫くして、迷うことなくプロポーズし結婚。

その後、山本さんが言っていたが、有紀さんと初めて会った時、彼女も私に対して好印象を持った事を聞いていたそうだ。

今ではそんな二人が、自分のナイスアシストで結婚に辿り着いた事が山本さんの自慢らしい。

確かにそうだ。

山本さんは、あの時俺に声を掛けてくれて、俺たち夫婦を結びつけくれた。

一生の恩人だ。

結婚後、俺達にはすぐに子供ができた。

それが香だ。

名前は、匂いが引き寄せた私たち2人の縁を思い、2人で相談して「香(かおり)」に決めた。

俺は、いつも思っていた。

「この幸せ」の為なら、どんなつらい事にも耐えられ、努力も続けられると。

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