今は、仕事も家庭も充実し、俺の人生は全てうまくいっている。
順調すぎて怖い位だ。
そんな事を思っている矢先に、今回の事件は起こった。
お昼、食事から職場に帰ったタイミングで、携帯に連絡があった。
声の主はストロングスターカンパニーの佐々木部長だった。
その声は焦っているのか、いつもより幾分早口になっている様に感じた。
「金田さん」
「申し訳ないのですが、うちの専務から急に、例のプロジェクトの進捗状況を報告して欲しいと言われまして‥‥」
「誠に申し訳ないのですが、できれば同席をお願いしたいんです。3時にこちらに来ることはできますか。間に合わなければ、もちろんリモートでも構いません」
「どうも状況を確認すると、プロジェクトメンバーの小山君を、しばらく他のプロジェクトと兼務させて欲しいみたいで‥‥」
「金田さんの中立的な立場で、一緒に断って欲しいんです」
俺は、その話に対して、素直な思いを伝える。
「金田さんの方がよくわかっていると思いますが‥‥今、小山君の兼務はさすが無理かと」
更に、強い口調で話を続ける。
「小山さんの兼務はだめですよ。佐々木さん」
「小山さんが、フルで稼働してもらわないと。もちろん兼務の状況にもよるでしょうが‥‥」
「仮に2割の稼働兼務でも、彼の担当部分を計画通り完了するのが難しくなると思います」
「更にプロジェクト全体にも影響が出て、今期分の予定達成は不可能ですよ」
「佐々木さん。とにかく私も急いでそちらに行きます。一緒に専務に話しますから」
俺は、佐々木さんの説明時の同席を約束した。
「会議は3時からか‥‥」
時計を見た。2時10分だった。
これから歩いて駅に行き、電車で移動では間に合いそうにない。
他に選択の余地はなく、タクシーで行く事にした。
タクシーなら移動時間込みで40分もあれば十分だ。
いつもなら、この時間帯は直ぐにタクシーはつかまるが、今日に限ってつかまらない。
10分程かかり、やっとタクシーに乗れた。
「時間、ぎりぎりだな」
そう思いつつ、
「運転手さん。急ぎで新宿のストロングカンパニー本社へお願いします」
「3時から先方と約束があり、できれば10分前までには行きたいのですが、間に合いますか」
そう言うと、運転手は
「10分前というと2:50ですね」
「渋滞の具合にもよりますが、できるだけ間に合うようにします」
「ルートの方は、私に任せてもらっていいですか」
内心、かなり厳しいかと思ってはいたが‥‥
「今日は、いい運転手さんに会ったな」
そう、思いながら私は答える。
「もちろん。お任せします」
「ぜひお願いします。頼りにしています」
リップサービスだったが、その気になってもらいたいので、少し調子よくお願いをした。
「了解しました」
運転手は大きな声で答えると、あとは無言でひたすら車を走らせてくれた。
10分程走った所で大通りに出た。
法定速度ぎりぎりか、少し超えた感じのスピードで、車は快調に走る。
ところが、2つ目の交差点で運命の瞬間は起こった。
信号が黄色から赤になりそうな微妙なタイミングだったが、車はブレーキではなくアクセルで抜けようとしてくれた。
車がぐんぐん加速する。
その瞬間だった。
大型トラックが左側から現れ、タクシーに勢いよくぶつかった。
タクシーは「バーン」という音と共に、横っ飛びにになった。
後部座席にいた私のサイドの窓の外には高速道路の太い柱が見えて、勢いよくぶつかっていった。
そして、俺はその後の記憶がない。