私の沈んだ顔を見てきっと哀れに思ったのだろう。
神様は言う。
「ややこしいのだが‥‥」
「元に戻れないとは言った。だが生まれ変わったお前の新しい人生であれば、過去・未来問わず、他の時代に生まれ変わる事は可能だ」
「しかし、いつの時代に生まれ変わるかは他の神が決める」
「神の世界では、それぞれの能力や役割を細分化して、ひとりの神への力の集中を抑える」
「互いを牽制し、一部の者の独走を防いで全体の均衡を保っているのだ」
俺は言う
「という事は、私はもう一度良いタイミングで、それも過去に生まれる事ができれば、妻や子供に再び会えるかもしれないということですね」
神様は、俺を見ながら、2、3度頷く。
私はふと不安になった。
「ですが、先程の話でますます心配になってきました」
「そもそも私は、もう一度人間として生まれ変わる事はできますか」
「今までの人生を振りかえると、人様の為に尽くした立派な人生ではありません」
神様はしばらく黙っていた。そして答えた。
「確かにお前は全てにおいて普通の人生だった」
「しかし、お前が死んだのは私の間違いだったのだ」
「従って、人間に生まれ変わる事は、私が保証しよう」
「ただ、どこの時代に生まれるかは、他のものが決めるから約束はできない」
俺は少し安心して答える。
「人間に生まれ変わるのはありがたいです」
「しかし、生まれ変われるのなら過去。更に言えば、その生まれる時代も、私が家族に会えるピンポイントなタイミングという条件で、他の神様にお願いして頂けませんか」
「少しでも、家族に会えるチャンスを与えて下さい」
神様は、困った様子だった。
それから、上を見上げてからぽつりと答えた
「まあ、今回は事情が事情だけにしかたがないな」
「保証できないが、その権限と能力を持つ他の神にお願いはしてみよう」
少し希望の光が見えてきた様な気もしてきた。
俺は直ぐに答える。
「それでよろしくお願いします」
「他の神様へは、くれぐれも今回の特別な事情をお伝え下さい」
しかし、ここで俺は、更に重要な条件を忘れていた事に気付いた。
仮に生まれ変わったとして‥‥
その時、今の記憶はどうなるのか。
仮に俺の記憶がこのまま残って、更に人間で生まれ返ったとしよう。
例えば人種、生まれる場所、環境、性別もそうだ、神様が様々な条件を揃えてくれて、もう一度妻に会ったとしても、生まれ変わった時に俺が違う人間なら、妻に出会う立場や状況が違うだろう。
例えば、俺が妻の母親として生まれたら、結婚できないのは勿論だが、今の記憶のまま自分自身、妻に対して母と子として接したら、とんでもなく違和感もあるだろうし、悲劇だ。
耐えられない。それでは「俺の人生」とはとても言えない。生まれ変わっても、生きていく意味がなくなる。
これは困った。
という事は、更に追加条件で、俺自身として生まれ変わり、更には今の記憶が残る事も必須だ。
しまった。さっきまとめて頼んでおけばよかった。
「あのう‥‥神様」
私は恐縮ししながらも、更に神様にお願いを始めた。
神様もだんだん面倒くさい感じになってきて聞いている。
「なんだ」
「まだ何かあるのか」
俺は話を続ける。
「すいません。先程大切な事を伝えていませんでした。今度生まれ変わる時も同じ親から私として生まれる事、そして記憶も今のまま残してください」
そう頼んだ。
神様は、しばらく黙ってしまった。
そして大きく息をついてゆっくりと話はじめた。
「それはそうだろうな。お前の気持ちもわかる」
「人間に生まれ変わり、それもお前自身の生まれた時代で、同じ親からの子供として生まれ変わる」
「それも今の記憶を持ったままか‥‥」
少しの時間、上をみてじっとしたまま考えている様子だ。そして話を続ける。
「難しいな」
「あまり細かい条件は、他の世界との均衡を崩すから、とても賛同を得られないだろう」
「それに記憶を残すのも前例がない」
更に神様は話を続ける。
「お前の言う通りにしてやりたいのはやまやまだが‥‥」
「正直全部というのは難しいだろう」
「運命は、生まれた後に、私が変えてやれる」
「だから、おまえの妻がいる時代に生まれれさえすれば、その後、二人の出会う縁は私がなんとかしてやろう」
私は直ぐに反論する
「神様、それだけではだめなのです」
「今の記憶を持ち、私自身で生まれ変わって、妻に会いたいのです」
「なんでもやりますから、何とかしてもらえませんか」
この条件は譲れない。決してあきらめきれないから、神様にくってかかる。
神様は、俺の目をじっと見ながら言った。
「とりあえず。私へ一任するという事にしてくれ」
「多少足りない条件もあるかもしれないが、それなりにはするから」
私は直ぐに答える
「それなりで構いません。ですが、とにかく私自身で生まれ変わり、記憶も残してください」
神様は頷きながら
「優先事項は今の記憶と、お前自身で生まれ変わる事だな」
「おまえ、なんでもやると言ったな」
「何かやって貰い、それが無事にできたら、願いを叶えるという条件もつくかもしれないぞ」
俺は「よろしくお願いします」と言って、深々と頭を下げた。
とにかくこの交渉は初めから勝ち負けではない。
ましてや、交渉とか駆け引きでもない。
ひたすらお願いする事しかできないのだから‥‥
目の前の神様は、最初のイメージとは違っていた。思った以上に悩んでくれたりして、情もあるし妙に人間らしい面もあって、なんとなく他人とは思えない親近感もある。
結構いい神様なのかもしれない。
言うべき事は言った。あとは相手は神様なんだから、任せるしかない。
神様は言う。
「最後にお前に言っておくことがある。今回はルールを曲げてお前を転生させる事になる」
「それにあたって、お前は守らなければならないルールがある」
その話を聞いて、俺は内心、他のタームトラベラーの話でよくある、「過去の歴史を変えない」とかの話だろうと思った。
神様は、まじめな顔で話す。
「お前は生まれ変わってからは、自分の思うようにすればいい」
「その結果、歴史が変わってしまっても構わない」
「ただ、変える時は、良い方向に変える様にしてくれ。悪い方向への変化はダメだ」
「例えば、世界が滅亡に向かう戦争をする事になるなどもってのほかだ」
「あは、私といろいろ話をした内容についても他言無用だ」
「会った事自体、誰にも言ってはならない」
俺は驚いた。これは意外な答えだ。
歴史を変えてもいいのか‥‥
内心そう思いながら言う。
「歴史を変えてもいいのですね。私はてっきり歴史を変えるのは禁止かと思っていました」
神様は、今度は、にこにこしながら言う。
「この世の中は、例えばお前たちの世界であれば‥‥」
「品種改良をして新しい食物の可能性へのチャレンジをしたり、趣味で庭や盆栽に手を加え趣を変える様なものだ」
「私たちのルールでは、良くなれば、それはそれでいいという事になっている」
「基本的には悪い世にならなくて、限度を超えなければいい」
「言っておくが‥‥約束を破ったら、本意ではないが、お前に厳しいペナルティを科す事になる」
「最悪、お前がこの世から消える事になるかもしれないから、必ず守ってくれ」
そう言った途端、俺の前から一瞬で消えてしまった。
第一章「神様との約束」 終
次回から平安時代へ 第二章「金太郎誕生」 となります。