11歳の頃だった。
とても興味深い話を、それも立て続けにふたつも母親から聞いた。
ひとつ目の話は、母親が京都で暮らしていた頃、同じ宮勤めをしていて、今は難波(大坂)に住んでいる知り合いの人の話だ。
その家では、10年位前に不思議な出来事があった。
その女性は、俺の母親よりも少し歳が上と言っていたので、当時40歳くらいの年齢の頃の話だ。
長年、子供ができずにいて、いつもの様に、近所の住吉神社に子宝に恵まれる様、お願いに行った。
するとその夜、神様が枕元に現れ、「願いを叶える」とひとことだけ言って消えていった。
そしてしばらくすると女性は子供を授かり、小さな男の子が生まれた。
近所では、神様から授かった子と評判になったが、その男の子は何年経っても、全く成長せず10歳でも1寸、今で言うと3センチ位のままで、さすがに周りの人も、両親も気味悪がった。
皆の噂話を耳にしたその男の子は、ショックだったのか、突然「都に行きます」と言い残し家を出て行ってしまった。
それからは、ずっと音信不通で、両親が男の子の事を心配しているという話だった。
俺はこの話を聞いていて、子供の頃に聞いた、あの昔話だと思った。
そう、一寸法師の話だ。
ただ一寸法師はあくまで昔話であり現実の話ではない。
しかし、この話は、母は知人本人から直接聞いた本当の話だ。
そもそも俺の母親が、一寸法師の母親と知り合いというのも、信じられない話だ。
知人同士の息子がそれぞれ、金太郎と一寸法師とは、現実的にはあり得ない確率だし、そんな事は、昔話の中では聞いた事がない。
一寸法師の話は、いくらなんでもあり得ないと子供の頃、思っていた。
3センチの人間だなんて‥‥
そもそも設定に無理がある。3センチの子供が現実的に生まれて、10年間少しも成長しない。
現代人では常識の話だが、3センチの子供はそもそも医学的には生きて生まれる事などできない。
仮に生まれても、医学の発展してない平安時代では未熟児用の保育器もないだろうし、育てる事も不可能だ。
この話は衝撃的だが、改めて考えてみると、自分自身、昔話の主人公で生まれたのだから、一寸法師も似たような条件の人が同じようにこの時代に生まれ変わって送り込まれたと考えればあり得る話だ。それも神様が、もしやっているとすれば‥‥
そう思うと、今度は一刻も早く、都にいる寸法師に会ってみたくなった。
「何処の時代から来たか?」
「記憶は残っているか?」
「神様とは会ったか?」
本人に直接確認したい事は山ほどある。
「できるだけ早く京都に行って、一寸法師に会いたい」
次の俺の目標は定まった。
もしかしたらまた神様に会えて、俺は未来に帰って家族に再会できるかもしれない。
絶望的な状況から、新しい可能性への第一歩。
そんな希望が、平安時代に生まれて初めて持てた時だった。
そしてもうひとつの話は、一寸法師の話を聞いた後、暫くして母親が、どこかの行商人から、噂話として聞いた話だ。
その話とは、吉備の地(岡山県辺り)にお爺さんとお婆さんが住んでいた。
お爺さんが山へ薪木用の雑木を取りに行っていると、川から光り輝く桃が流れてきた。
それを家に持ち帰ったお爺さんは、お婆さんと一緒にその桃を食べた。
すると翌朝、2人は何十歳も若返っていて、いつの間にかお婆さんは妊娠していた。
2人は、これは神様の下さったありがたい桃のお蔭だと感謝し、生まれてきた男の子を桃太郎と名付けて大切に育てたというものだ。
これも勿論聞いた事がある有名な話だ。
知っている桃太郎の物語では、桃から生まれて来る所が多少違うが、確かに桃太郎の話だ。
聞いた話には続きがあった。
この男の子、年齢は15歳位の様だが、突然腕試しの旅に出かけると言って出かけて行った。
その旅の途中で3人の家来になる者と知り合い、一緒に悪名高い盗賊団のアジト、通称「鬼が島」に乗り込んで行き成敗した。
その後、鬼が島にある財宝や金銀を多数持ち帰ったという話だ。
ちなみにこの家来とは、危険予知の嗅覚が鋭く、勇猛果敢でとにかく力の強い「犬力」というもの。
情報収集能力が高く、諜報活動、模写の達人である「雉達」
動きが俊敏で、手先も器用な「猿動」の3人。
桃太郎の話で出て来る動物の犬猿雉も、今回の話の中で人間として登場している。
こちらの話も冷静に考えると、現実的にはあり得ない話だ。しかし、母親も周りの人々も皆、神様のお蔭という理由だけで簡単に片づけて、事実として受け入れている。
自分の母親も息子が不思議な力で生まれた。
それも龍のお蔭なのだからまあ信じるのもしかたがないか。
実に平安時代とは、非科学的で、おおらかな人達が住む時代である。
桃太郎の話も、一寸法師の話以上に興味が湧いた。
年齢が15歳位なら俺よりも5歳位年上だ。
こちらの話も、きっと神様のやった事に違いない。
そして、一寸法師と同じ様に、桃太郎についても詳しく知りたいと思った。
少なくともこの平安時代に同時に3人、神様から送り込まれた者がいる。
その事実だけでも俺は勇気付けられた。それには何か意味があるはずだ。
俺は、平安時代に生まれた絶望から、僅かだが希望の光が確実に見えてきている。
おまけに桃太郎は、お宝を持ち帰ったとの事だが、その中にもしかして俺が令和の時代に戻れるタイムマシンが入っている可能性もあるかもしれない。
確か昔話では、打ち出の小槌や如意棒も入っていたと記憶している。なんでも願いが叶うはずだ。
そんな、淡い希望を持ち、近い将来、桃太郎が住んでいるという吉備の国へも行く事も俺は誓った。